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  • 執筆者の写真Tokyo Bay Bible Fellowship

エゼキエル34章17節〜19節 キリストの様に歩む恵み



今朝のデボーションはエゼキエル34章17節〜19節です。


信徒たちは、キリストが十字架上で、人類の罪のために死なれたことを信じることを通して、義の賜物を受け取ることができます。(参照 第二コリント5章21節)更には、永遠の命を、満ち溢れるほどに受け取ります。(参照 ヨハネ3章16節、ヨハネ10章10節)


しかし、その後に、私たちがどのような選択をするかにより、その報いを受けます。キリストが私たちを通して、満ち溢れるほどに豊かに表されるのを神様は願われていますが、それを選択するのは私たちです。


私たちが気付かないで繰り返している、神様が喜ばれない考え方は何でしょうか。神様、時には周囲の人々に指摘していただくことが大切です。(参照 箴言12章15節)今まで聞きなれた視点や体験からのメッセージではなく、新たな視点からのメッセージを聞き始める必要があるかもしれません。我慢して、諦めかけている事があれば、それを手放し、キリストを通して、自由を体験しましょう。(参照 ヨハネ8章32節)


この地上での人生は、永遠の人生の中ではほぼゼロに等しい長さですが、天国でどのような生活をするかが定められる時期でもあります。(参照 マタイ25章23節)


私たちは、キリストを見て、マラソンを走り続けることが大切ですが、そのためには、不要な重荷、荷物、罪は横において、前進し続けることが大切であるのです。(参照 へブル12章1節~2節)私たちの人生には複数のステージがあり、色々と試して、私たちの使命を探し求める時期もありますが、(参照 箴言24章16節)最終的には一つの使命に焦点を合わせて、前進し続けることが大切です。二つの目標に向けて、同時にマラソンを走り抜くのは実用的ではないでしょう。但し、これは結婚や家庭生活などの優先順位を下げることを意味しません。愛が何よりも大切であるからです。(参照 第一コリント13章13節)


今日も私たちがキリストに焦点を合わせて走り抜くマラソンの重荷になるものを全て

横に置いて、身軽にして、ゴールまで走り抜きましょう。ゴールまで走り抜いた時に、キリストは私たちに良い僕であった事を語られることでしょう。


神様の豊かな祝福がありますように!


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