• Tokyo Bay Bible Fellowship

ヨシュア22章26節~29節 キリストのように歩む恵み



今朝のデボーションはヨシュア22章26節~29節です。


私たちは、子供たちに信仰を継承していますでしょうか。子供たちは、親の信仰の指導を素直に受け入れ、成長に励んでいますでしょうか。そして、その子供たちの信仰継承の重要性を認識していますでしょうか。


信徒たちは、アブラハムの子孫として、信仰を継承し続けています。(参照 ガラテヤ3章29節)アブラハムは、この地上でも、信仰により、歩み続けました。何処に辿り着くのかを解らずに、神様に従い、踏み出したこともありましたが、御約束の地へと導かれました。更には、永遠の地である天国を信じ、期待し、歩み続けました。


更には、信仰を継承する子孫を産み出すためにも、信仰により、歩み続けました。物理的には不可能な身体であるにも関わらず、子孫が与えられることを信じ、イサクが与えられ、産みました。


そして、神様は、第一の子孫であったイサクを捧げるようにアブラハムに命じました。アブラハムの動機を試されたのですが、星の数ほどの子孫を与えらることとは全く逆であることを知ることができます。しかし、アブラハムは、イサクが蘇ることを信じて、イサクを捧げる決心もできていました。


星の数ほどの、砂の数ほどの子孫が与えらえれる夢が与えられ、この地上ではそれを肉眼で見ることはありませんでしたが、アブラハムは、更に良い地である天国を信じ、期待して、歩み続けていました。(参照 へブル11章8節~19節)


信仰の継承の模範的な歩みは、アブラハムです。アブラハムは、失敗をすることもありましたが、信仰により歩み続けました。何が待ち受けているかが明確ではないにも関わらず、踏み出し、神様の御計画が推進されました。常識的には不可能な状況であるにも関わらず、信仰により前進し続け、イサクが与えられ、砂の数ほどの子孫が与えられています。最も挑戦的で、不可能であると感じられる状況に、信仰により、前進し続け、立ち向かうことを通して、私達は信仰の継承を体験できるのです。つまり、私たちは、日々、肉眼で見えるものではなく、信仰により、歩み続けることが大切であるのです。(参照 第二コリント5章7節)


私たちは、日々、何を見て、歩んでいますでしょうか。不可能に感じる、直面している状況でしょうか。全てが可能であるキリストでしょうか。(参照 マタイ19章26節)


今日も、子供たちへの信仰の継承に取り組みましょう。その最善の方法は、信仰により歩み続けることであるのです。


神様の豊かな祝福がありますように!


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