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  • 執筆者の写真Tokyo Bay Bible Fellowship

ルカ11章5節~8節 キリストの様に歩む恵み



今朝のデボーションはルカ11章5節〜8節です。


私たちが直面している状況がいかに厳しいものでも、私たちは諦めずに、前進し続けることが大切です。私たちはこの諦めない姿勢を、個人的に掲げた目標に対して適用する傾向が非常に強いですが、人々に対して掲げることはどうでしょうか。愛は諦めないのです。更には、愛は信じ続け、望み続け、どんなに厳しい状況をも耐え続けると書かれています。(参照 第一コリント13章7節)私たちが達成したいビジネス、ミニストリーのゴールのためには諦めることはしなくても、私たちはどれほど人々に対して諦めているでしょうか。信仰、希望、愛の中で最も大切なのは愛です。(参照 第一コリント13章13節)私たちのミニストリーがいかに優れているように見えても、愛が無ければ空しいのです。(参照 第一コリント13章1節~3節)


私たちが人々を愛するのを妨げる最も大きな要因は何でしょうか。気分を害され、人々を赦せない心です。私たちは気分を害されても、寛容な姿勢を持つことで、むしろ尊敬されるのです。(参照 箴言19章11節)私たちは愛することが難しい人々を愛することを通して、神様の本質的な愛が示されるのです。(参照 ルカ6章32節)私たちがその人たちにしていただいた良い事を感謝しましょう。(参照 第一テサロニケ5章16節~18節)


気分を害される行動を取られても、愛は人々の選択を尊重しますから、深入りしないのです。(参照 第一コリント13章5節)人々に拒絶されることは普通の事として受け止めることも大切です。キリストでさえも弟子たちに裏切られました。(参照 マタイ26章69節~75節)


私たちが人々に対して愛を示すとき、必ずしも心地の良いものではありません。キリストが十字架に架けられる前は、その苦境から逃れることさえも望みました。(参照 ルカ22章42節)


気分を害されても気にならないということは、真実を愛の動機をもって語っても、気にならないということです。このようにして、私たちは気分が害されることから自由を体験できるのです。愛は真実が勝ったとき、喜ぶのです。(参照 第一コリント13章6節)


キリストはユダに裏切られ、十字架に架けられることを御存知でしたが、それでも愛をもってユダを使徒として選び、最善を信じ続けました。神様の愛の本質がここに現わされています。


今日も諦めない愛を選択し、実践し続けましょう。最高の自由を体験できるのです。


神様の豊かな祝福がありますように!


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