• Tokyo Bay Bible Fellowship

ローマの信徒達への手紙2章1節~16節 キリストのように歩む恵み



今朝のデボーションはローマの信徒達への手紙2章12節~16節です。


律法はユダヤ人達に与えられましたが、異邦人達も律法の善悪の意識があると書かれています。つまり、人類の心には、律法の善悪が書かれ、区別が出来るという事です。

従って、人類はこの内側の善悪の意識により裁かれるという事です。罪悪感はこの意識から芽生えるのでしょう。更には、神様はキリストを通して、私達の考えの全てを知る事が出来、裁かれます。


私達の言動は、信じる事を通して、導かれます。(参照 箴言23章7節)律法を信じる人々は、律法を全うする事により、義になります。しかし、キリストが十字架上で人類の罪のために死なれたと信じる者達は、キリストが十字架上で流された血潮を通して、義となります。(参照 第二コリント2章5章21節)そして、義なる者達は、信仰により歩むのです。(参照 ローマの信徒達への手紙1章17節)信仰の実は、義なる言動です。(参照 ローマの信徒達への手紙10章8節~9節)信仰とは、キリストを信じる事、つまり、御言葉を信じる事です。(参照 ヨハネ1章1節、ヨハネ6章29節)使徒達が男の子を癒すことが出来なかったのは、使徒達の信仰が原因でした。辛子種の大きさの信仰があれば、山を動かすことが出来るのです。この辛子種の大きさの信仰も無かったという事です。

つまり、悪霊の追い出しに関して、間違った考え方に基づいて、信じていたのでしょう。(参照 マタイ17章14節~21節) 


私達が望む事柄を体験できないのは、私達の言動ではなく、考え方が原因です。考え方を変えて、神様の御計画を益々知る事が出来ますように。(参照 ローマの信徒達への手紙12章2節)


神様の豊かな祝福がありますように!

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